第5回の眼循環トピックスは、7月22日~23日に奈良で行われた第39回日本眼循環学会での報告から、トピックスをお願いしました。東北大学の津田聡先生は、これまで治療が困難であった網膜中心動脈閉塞症に対する内服のカルパイン阻害薬の医師主導治験によるPhase2aの成果を発表され、優秀演題賞に選ばれました。日本初の新しい治療として注目が集まります。また、今年の主管校を務めた奈良県立医大の吉川匡宣先生は、緑内障の病態に血圧が深くかかわることを、自施設におけるコホート研究の成果を含め様々な研究結果を示しながら、シンポジウムで発表されました。血圧のコントロールが悪くても、血圧が低くなりすぎても緑内障の悪化に影響するというお話もあり、大変興味深い報告です。分かりやすく纏めていただいておりますので、ぜひご一読いただき、診療にお役立ていただければと思います。
網膜中心動脈閉塞症(図1)は、網膜中心動脈の閉塞によって突然の視力低下を来す疾患である。強い虚血により網膜内層に顕著な浮腫が生じ、cherry red spotを呈する。原因は頸動脈プラークや心臓内の血栓による塞栓性と動脈炎性に分類される。大半を占める塞栓性の網膜中心動脈閉塞症では、眼球マッサージ、前房穿刺、眼圧下降治療、血管拡張薬、高圧酸素療法などが行われることがあるが、その有効性は明らかではなく1)、大半の症例が0.1未満の視力にとどまるとされている2)。そのため網膜中心動脈閉塞症に対する新規治療開発が強く望まれている。これまでに欧州で発症早期の網膜中心動脈閉塞症に対する局所動脈内血栓溶解療法と保存的治療を比較するランダム化試験が試みられたが、保存的治療を上回る有効性は示されなかった3)。このような中、近年、本邦で網膜中心動脈閉塞症に対する神経保護薬の開発が進められており、良好な視機能回復が得られたことが報告されており、期待が寄せられている4)。
新規治療標的の1つであるカルパインは、網膜神経節細胞を含む網膜内層で主に発現しているシステインプロテアーゼであり、虚血などの障害によって細胞内Caイオン濃度が上昇すると活性化し、細胞死を誘導する5)。これまでの基礎研究において、虚血再灌流モデルなど多数の動物モデルでカルパイン阻害薬が網膜神経節細胞死を抑制し、神経保護作用を有することが明らかとなっている6, 7)。
当施設では発症48時間以内の非動脈炎性網膜中心動脈閉塞症に対してカルパイン阻害薬の医師主導第Ⅱa相試験を行った(表1)。網膜中心動脈閉塞症は発症頻度が低く、大規模な試験が難しいことから、今回の治験では実薬群のみで行われた。主要評価項目であるETDRS視力の変化量は、スクリーニング時と比較して大幅に改善したことを2023年日本眼循環学会にて報告した8)。網膜中心動脈閉塞症では大半の症例で再灌流が生じるため、再灌流までの虚血によるカルパイン活性化だけではなく、再灌流の際にも生じるカルパインの活性化を抑制することで、神経保護効果が得られるのではないかと考えている。このカルパイン阻害薬は血液脳関門を通過するため、内服薬として投与可能であり、網膜中心動脈閉塞症の診断後、すぐに治療を開始できるという特徴がある。今後、第Ⅲ相試験を経て有効性が検証され、本邦発の神経保護治療薬として実用化されることが期待される。
なお本試験は、AMEDの課題番号 JP18pc0101026の支援を受けて実施した。
試験方法 | 単施設 無作為化二重遮蔽並行群間比較試験 |
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対象 | 非動脈炎性CRAO 発症後 3~48時間の日本人患者 |
症例数 | 20例(各群10例) |
用法・用量 観察期間 |
SJP-0008 100 mg/日 もしくは 200 mg/日を4週間(最大29日間)経口投与。投与開始から12週まで観察する |
選択基準 |
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有効性評価項目 | 主要評価項目
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血圧と緑内障の関連は30年以上前から多数報告されているが結果の一般化には至っていない。これは近年の大規模コホート研究2)で示されているように、血圧と緑内障は線形に相関するのではなくU-shaped relationship(図1)、つまり高血圧、低血圧ともに緑内障に影響を及ぼすことに起因している可能性がある。高血圧は眼圧上昇・動脈硬化・自動調節能低下等を引き起こし、また低血圧や降圧薬による過降圧は眼血流を低下させることで緑内障を悪化させることが考えられる。一方、降圧薬であるカルシウム拮抗剤は血管拡張作用により眼血流を増加させ緑内障に対して保護的に働くとする報告があり、血圧と緑内障の関係は複雑となっている。また多くの研究が、緑内障進行への影響が報告されている夜間血圧ではなく日中血圧を評価対象としていることも研究結果が一致しない原因である可能性もある。
次に夜間血圧と緑内障の関連について考えたい。夜間を含めた血圧の日内変動は自由行動下血圧測定(図2)を用いて評価される。夜間睡眠中の血圧は日中血圧と比較して10-20%下降するのが生理的で、夜間血圧上昇は心血管イベントや死亡の危険因子として知られている。一方、緑内障患者の夜間血圧低下は視野悪化に関与していることがメタ解析3)や近年の縦断研究4)で一貫した結果として示されている。しかし緑内障患者の夜間血圧が高いのか低いのかといった根本的な疑問は未解決であった。そこで我々は緑内障患者を対象とした前向きコホート研究の横断解析5)を実施し、緑内障患者で夜間血圧が高かったことを明らかとしている。そのメカニズムは明らかではないものの、緑内障患者の内因性光感受性網膜神経節細胞障害による生体リズムの乱れ6,7)や、asymmetric dimethylarginine (ADMA:強力な内因性一酸化窒素合成酵素阻害物質) 8,9)が夜間血圧上昇に影響している可能性を考えている。しかし緑内障患者の夜間血圧については我々の研究と相反する結果も報告されており、今後の大規模な研究により明らかとなることが期待される。
緑内障と血圧の関連は不明な部分も多いが、血圧は可変因子として重要である。特に緑内障悪化に対する夜間血圧低下の影響が複数の研究で示されている。眼圧以外の緑内障進行要因が考えられる症例では積極的に血圧値や降圧薬について聴取し、降圧薬による過降圧が疑われる場合には自由行動下血圧測定についても考慮の余地があると思われる。
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